【書評】『日本政治 コロナ敗戦の研究』 御厨貴・芹川陽一著
御厨貴氏は、日本を代表する政治学者であり、インタビュー等のオーラルヒストリーから政治活動を研究する政治学者であり、対談相手の芹川陽一氏は日本経済新聞の政治部記者出身で、現在は日本経済新聞論説フォローである。彼らは、東京大学時代の同じゼミであったそうで、評者は、同ゼミの政治学者と政治担当記者の異色対談に興味を覚え、本書を手にとった。
本稿では、第1章の『コロナが変えた日本の政治』を中心に評したい。
感染対策が、選挙の投票行動を左右する
まだコロナ禍が収束する前にこれまでの経緯を評価する事に対しては賛否両論があるのは理解する事が出来る。しかし今年は東京都議会議員選挙、横浜市長選挙、任期満了の衆議院選挙があり、今までのコロナ禍での感染対策は投票行動に参考にする意味は十分にあると思う。
この1年半のコロナ禍が日本の政治行動に大きな影響を与えた。
評者は本書の二つの点に注目したい。一つ目はコロナ禍で、それまでの国政選挙で不敗であった安倍政権があえなく崩壊した点と二つ目は真の意味での『真の地方分権』を実現した点である。
安倍政権は2012年の民主党からの政権交代から8年に渡り政権運営してきた。安保法制、特定秘密保護法、モリカケ疑惑などの政治的な困難の時期はあったが、それらの困難を乗り越えて、国政選挙でも負けなしの長期政権であった。政権の悲願であった憲法改正、北方領土、拉致問題等については具体的な成果を出すことが出来なかったが、憲政史上最長の首相在位期間を達成した。
しかし、2020年1月のコロナ禍以降、中国人の入国禁止措置や緊急事態宣言等といった初動態勢のミスから感染拡大したことや、全国民に一律10万円の特別定額給付金等などのコロナ経済対策で右往左往から批判を招いた。さらに後述するモノを言う知事達に対応する事も出来なかった。第一回緊急事態宣言解除後に経済シフト優先したgoto事業で地方自治体に反転攻勢するが、最終的には本書の指摘の通り『コロナで金縛り内閣』として終焉を迎える。
安倍元総理は、2020年6月頃から、記者会見でコロナに言及せず、担当大臣任せに終始していたとの記述があるが、評者もその意見に賛成だ。過去の安保法制や特定機密法の審議時やモリカケ疑惑の時とは、明らかに対応の違いがあり、安倍政権の終焉の予感を感じた。
国にモノ言う自治体
次に今まで国に対して地方自治体は、『陳情待ちの国の政治』であったが東京都や大阪府等から『国にモノを言う自治体』に変化した。
沖縄の基地問題などでも地元自治体の意向より国の意向の方が優先させるような状況であったのが、コロナ禍になると、安倍政権幹部も公の場で、『コロナ対策では地方自治体と国との関係はフラットである』と発言している。
ただ、指摘されているように、東京都と大阪府の対応には温度差がある。
東京都と国は対等であり、国は絶対に点数を取らせないスタイルである。対して大阪府は、維新の会と国との関係から、国と対峙していくものであり、具合が悪い事は全て国に押し付けるという姿勢である。
これまでの問題と違い、コロナ感染症対策は国民生活や医療キャパに直結しており、広域に及ぶ公衆衛生問題には、国の対応待ちより地方自治体が直接対応を余儀なくされた背景があるからであろう。このような動きは第一回目の緊急事態宣言が発令される2020年4月前後から顕著になってくる。
さらに東京や大阪以外の知事達らも政府の感染症対策に意見や注文を出すようになった。
コロナ禍の地方分権
本書ではこのような知事達の動きを『真の地方分権』と捉え、江戸時代から明治時代の中央集権国家のきっかけの廃藩置県とは全く逆の歴史的出来事だと評している。国の感染症対策の右往左往ぶりから、地方自治体の知事達に注目が集まり、メディアも知事達の動きを後押しするようになった。
この『真の地方分権』は、一見すると良い点ばかりであると思われてたが、本書でも触れているように『都道府県』と言う区分けが堂々と出来てしまい、コロナの感染者を出さないのような対抗戦になってしまった。広さ、人口、医療キャパ、産業構造、交通アクセス等が都道府県ごとに異なり、感染者の比較は難しいと思うが、それをニュースとしてメディアも報道し続けたことが、コロナで麻痺した報道の一例である。
コロナ禍の収束の見通しが立たない中でのオリンピック開催と、コロナワクチン接種が大きな話題になっている。
オリンピック開催には賛否両論がある。現在の状況では開催の見通しであるが、開催地自治体の感染症対策はどうなのか。コロナワクチン接種については、小池東京知事や吉村大阪府知事以外の知事達からも国の推し進めるワクチン政策にいろいろな意見や注文をつけている。
この動きはコロナ禍が収束しても続くのでないかと評者は考える。国としても何らかの対抗策を講じると思われるので、国と地方自治体とのせめぎ合いは今後も続くだろう。(日本経済新聞出版 1760円)