新型コロナウィルスに感染して〜味覚を失ったシェフ

MEDICAL

僕が新型コロナウィルスに感染したのではと感じたのは、忘れもしない、今年の1月8日です。身体がだるく、強い倦怠感を感じました。最初は、

「年末も休みなく働いていたからかな?」

と、思っていました。

強い倦怠感が出るも、熱はない

僕が、秋葉原に、フレンチビストロ「AUBE」を開店させたのは、昨年4月のことです。

それまでは、料理人として成長するために、海外で修行していました。そして、コロナの感染拡大が本格化する前、資金繰り的に大変な無理をして店舗契約をしました。しかし、開店とほぼ同時に緊急事態宣言がスタートしたため、持続化給付金等の政府支援先も、要件を充たさないのではと思い、年の瀬まで、手洗い、うがい、マスクなどの感染対策を徹底した上で、働き詰めに働いていました。

予約が入らないない日は、出張料理人をしたり、テイクアウトメニューの充実はかったり、どうにか月30万の家賃を支払うために、身を粉にして働いていました。当然、家賃以外に、食材費を含めた実費を支払わなくてはなりません。

それに僕は、千葉県浦安市に住んでいるのですが、賃貸なので、そこの家賃、光熱費なども発生する。昨年は、1日も休まず、とにかく必死でした。それに、体温計で熱をはかったところ、熱もなかったので、昨年、蓄積した疲れが出たのかと思ったのです。

その2日後のことです。

「味がしない、匂いもしない」

昼ごろから熱っぽさを感じるようになりました。少しおかしいと思いました。決定的だったのは、コンビニのお弁当を食べた時です。

「味がない」

ごはんを口に入れた瞬間に違和感を感じました。鼻が詰まっているような、喉に異物が流れていくような、そんな感覚でした。もうひとつ買ってあったお赤飯のおにぎりを食べても同じです。僕は焦って、自宅に置いてあった残り物のワインをグラスに注ぎました。カリフォルニア産のシャルドネで、香りが高く、濃厚でたっぷりとした味わいの白ワインです。しかし、いくら鼻をグラスに近づけても、全く香りがしないのです。愕然としました。

そのうち、激しい倦怠感を身体中に感じ、夕刻、近くのクリニックに行きました。熱は、37度5分に上がっていました。その場でPCR検査を受け、クリニックからは、アセトアミノフェンとトラキネサムを5日分処方してもらい、

「自宅療養しながら、検査結果を待つように」

と、指示を受けました。感染経路なども尋ねられましたが、

「感染予防はしっかりしていました。不特定多数の方に会う仕事なので、わかりません」

と、答えるのが精一杯でした。

この2日間は、本当に怖かった。

自分の将来は、お店はどうなってしまうのか

味覚も嗅覚もなければ、コロナウィルスに感染しているかもわからない。自分やお店はどうなるのか将来はもちろんのこと店に置いたままの食材やゴミも心配でした。自宅で悶々と過ごしていました。

電話で「陽性でした。今後は保健所の対応に従ってください」

と、伝えられた時はむしろ、覚悟していたので、やっぱりという思いでした。

保健所からもすぐに連絡があり、症状などを伝えた結果、自宅療養と判断されました。

「発熱から十日間は家で過ごしてください」

「千葉県から、一週間分の食事を届けることができますがどうしますか?」

などと説明を受けましたが、僕は、それよりも、味覚や嗅覚はいつ戻るのかという不安でいっぱいでした。

僕が料理人を目指したのは、5歳の時です。すでに、兄がイタリアンのシェフを目指して修行していたのを目の当たりにして、僕も料理人になりたいと思いました。小学校3年生の時に調理実習の授業があって、そこですごく上手に出来た。

料理人は、5歳の時からの夢

「一日も早く料理人になるんだ」

という思いを強くしました。

中学卒業後、料理の専門学校に進んだのは、僕にとって当然の選択でした。悩んだのは、イタリアンかフレンチか、ただそれだけです。ツテをたどって、色々なレストランで修業させてもらい、最終的に、フレンチを選びました。「相性」だったと思います。フレンチと決めてからは、コンテストに応募をしてみたり、海外での修行を夢見て、幾つもバイトを掛け持ちしました。僕なりに努力してきたつもりです。積み重ねてきた時間を思うと、呆然としました。

あれほど楽しかった食事が楽しくない。食欲もなく、食事は1日1回。やたら眠く、一日16時間ぐらい寝ていました。起きている時は、悶々としてしますのでアニメやYouTubeなどを見て、気を紛らわせていました。

どうしても、「コロナ、味覚障害」など検索をしてしまい、気が気でないからです。

「もし、このまま嗅覚も味覚も戻らなかったら、もう飲食の仕事はできない。自分は飲食しかしてきていない。今から別のことはできない。レシピ通りのものはつくれても、それ以上のものはもう作れないのだろうか」

絶望の淵から這い上がる

考えれば考えるほど苦しくて、SNSを更新することも、友人からのメールや電話に応答することもできませんでした。

強い香りを嗅げば戻るかもしれないと、強い香水を何度も鼻先に持ってきましたが、逆に鼻血が出るなど、悪化させるようなこともしてしまいました。

そうして、ようやく、27日を迎え、

「明日から、仕事をしていいですよ」

と保健所から連絡を貰いました。

早速、ワインを試飲し始めましたが、香りも味もせず、おまけに、三週間以上飲んでないので、酔っ払ってしまいました。ネットなどで検索して、珈琲豆を使って「嗅覚トレーニング」を始めました。2〜3日後、チョコレートや柑橘系の香りがわかるようになり、カレーの味も少しわかるようになりました。

でも、自分の中では、まだ、嗅覚も味覚も2〜30%程度しか戻っていないような気がします。

今、とても不安です。

自分以上に大変な人がいるのは、頭ではわかっているつもりですが、正直、自分のことで精一杯です。飲食店支援のために、180万円が支給されるとのことなので、思い切って緊急事態宣言が明けるまで休業することにしました。とはいえ、給付されるまで、少し時間がかかります。僕の通帳残高は6000円になってしまいました。起業したばかりなので、信用もなく、銀行借入も難しいです。そこで、つなぎ資金を稼ぐため、僕はコロナに感染してしまったことを公表し、開業の経験談やランチ定期券などを商品にしてクラウドファンディングを始めました。

未来に投資してくれるお客様のために

嬉しかったのは、僕の未来に投資してくれる方が多いのだということがわかったことです。1番人気の商品は、一万円の「ペアリングコース料理(5品+ワイン5杯)」でした。皆、僕がオーナーシェフとして復帰することを待っていてくれているということです。

今僕は、主に珈琲豆を使った嗅覚トレーニングを続けながら、あいている時間を使い仲間たちと、お店の改装を自分たちでしています。嗅覚も味覚も必ず戻ると信じています。そして、1日も早く、僕の復帰を楽しみにしてくれているお客様に、美味しい料理を提供したい。心からそう思っています。(文責・横田由美子)

勝美健

1,025 views

勝美 健(Ken) ・秋葉原ビストロAube(オーブ)オーナーシェフ ・出張料理人 ・食育インストラクター 調理師専門学校を卒業後 都内ホテルへ就職。 パテ...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧